その他

2016年1月31日 (日)

 

 ブログ一時休止のお知らせ

 当ブログも、始めてから丸5年以上が経ちました。この辺りで少し、意見の発信の仕方を見直してみたいと思い、しばらくの間(恐らく今年(2016年)一杯)、更新を休ませていただきます。

 同時に、英語110番の運営の仕方も見直してみたいと思いますが、家庭教師の募集は通常通り行なっていますので、よろしくお願い致します。
 >>家庭教師 英語110番

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2015年12月31日 (木)

入試英語長文からの究極の学び

 このブログでは時折、印象深かった内容の入試英語長文を取り上げているが、最近特に、よく思い出される長文がある。それは、世紀を1つ戻した、1999年の昭和薬科大の問題で「しゃべるバクテリア」の話だ。

 あるたとえ話なのだが、内容は次のような感じだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 試験管の中にバクテリアがいる。このバクテリアは1分で2倍に増殖する。そして試験管には、この増殖が1時間続けられるだけの食料等の資源と空間がある(つまり1時間で限界が来るので、それ以上は生きられない)。

 例えばちょうど11時に、試験管の中にバクテリアが1個入れられると、11時1分には2個になり、11時2分には4個になる。こうしたペースで増え続けていくが、ちょうど12時になると、資源も尽き、空間的にも限界となり、このバクテリアは全て死滅する。

 ちなみにこうした増え方だと、バクテリアが死滅する1分前の11時59分でも、まだ試験管の半分しかバクテリアはおらず(つまり半分の空きがあり)、死滅する2分前の11時58分では、4分の1のバクテリアしかいない(つまり4分の3も空きがある)ことになる。

 さてこの話では、11時58分ともなると、バクテリアも繁栄を極め、人間のようにコミュニティーを作り、政治家や実業家や環境学者、そして学生なども登場する、という設定だ。

 そして11時58分、試験管の中では次のような意見が交わされている。環境学者のバクテリアは、資源が尽きかけていると警鐘を鳴らすが、政治家は耳を貸さず、これまでのバクテリア史上使ってきた資源のまだ3倍もあるのだから、心配いらないと言う。実業家は政治家と同意見だが、資源に余裕があるから、他の試験管にそれを売って利益を上げようとさえ言う。そして学生は、どの意見が正しいのか判断に迷う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 といったわけだが、この話のポイントは、地球には環境収容力の限界があって、それを超えた人口は支えられないということと、人口は指数関数的に増えるので(あくまでも理論上の話だが)、限界に近づいていても気づきにくいということだ。

 この話は専ら、人口の問題のことを言っていて、世界の人口増加の問題(日本は減っているが)は、もちろん憂慮すべき問題だが、私が特にこの話と結びつけたくなるのは、温暖化を始めとした環境問題だ。

 最近増えている異常気象・気象の極端化も、これまでの人間の活動への警鐘を鳴らすものとして、つまり危機の始まりとして捉えられがちだが、実はもう限界が近づいていることの表れなのではないか。

 今月パリで、COP21という会議が開かれ、これまで以上に本腰を入れて、温暖化対策を行なうようになったが、それでもまだまだ甘いのではないか。

 テロといった治安の問題も同様で、最近の世界情勢の悪化も、危機の始まりではなく、危機の最終局面を表しているのではないか。はたまた日本社会の劣化も同様で・・・

 と、こんなことを考えていくと、自分は一人気楽に(授業は緊張感を持ってやってますよ)英語を教えている場合なのだろうか、などとも考えるが、もう自分には英語を教える以外のことはできなさそうだし・・・

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2015年8月31日 (月)

何事もバランスが大事・・・清潔さもほどほどに

 少し前にあるテレビ番組で、ダニアレルギーの最新治療を取り上げていた。それは、ダニから抽出した成分を含むエキス、言うなればダニエキスを体内に取り入れ、それによって、アレルギー物質に対して、徐々に体を慣らしていくというものだ。まさにダニはダニで制す、なのだ。

 これが最新治療なのかと、最初はちょっとズッコケたが、ああ、でもやっぱりそういうものだよなと、大いに納得がいった。やはり自然の摂理として、汚いものや嫌なもの(といっても人間の勝手な基準によるものだが)でも、排除すれば済むというものではなく、ある程度付き合わざるを得ないのだなと、改めて思った。

 ダニアレルギーの原因は、言うまでもなくダニだ(もう少し正確に言うと、ダニの死骸や糞のようだが)。であれば、ダニアレルギーを防ぐには、ダニを排除すればよいと考えるのは、ある意味理に適っている。

 でも現実には、ダニを完全に排除するのは無理なはずだし、そもそも、ダニは身近に普通に存在するもので、それを完全に排除しようとするのは、自然の摂理に反する気がする。また人間が、そうしたものを排除しなければ、生きられない存在となるのも、やはり自然の摂理に反する気がする。

 ダニによって起こる問題に対処するために、ダニを避けたり、排除したりしようとしたものの、上手くいかず、結局ダニと適度に付き合うことが、一番よい解決策だった、というのは何とも皮肉な話だ。わざわざダニからエキスを作って注射するくらいなら、初めからダニに接して、免疫を作っておけばよかったのだ。

 ちなみに、ダニの問題とは同列に扱えないかもしれないが、スギ花粉症においても、注射などで、花粉の成分を含んだエキスを体内に入れる、という治療法が有効なようだし、食物アレルギーでも、原因となる食物を少しずつ摂取していく、という治療法が有効なようだ。少なくともこれらも、排除だけでは対応に限界があり、適度に付き合う方がむしろ効果的だ、という例だろう。

 前から思っているのだが、とかく日本人は、衛生面に関して神経質すぎる。しかも、真面目さ、ストイックさも手伝って、汚いもの(あくまでも人間基準)を徹底的に排除しようとする。その結果、そうしたものに対する免疫(抵抗力)が弱くなって、それを補う薬などで対抗しようとする。日本人は真面目だから、この点でも頑張って、よい薬を作ったりするが、元々人間側に抵抗力がきちんとあれば、本来そのことは、やる必要のなかったことだ。しかもその薬が、ダニから作ったダニエキスだったりする。

 せっかくの日本人の真面目さを、そうした本来やる必要のなかったことに向けてしまうのは、もったいない。もっと大局観に立って行動してほしいものだ。ダニエキスの件で、せっかく自然界から、もはや排除だけでは、問題は解決できないことを教わったのだから、共存の方向にかじを切り、多少問題となるものがあっても、別に排除せずに生きていけるよう、人間側が変わるべきだ。

 もちろん、既にアレルギーの方は、そんな悠長なことは言っておれず、とにかく今の症状をおさえる対応が必要なのも、理解しているつもりだ。でも根本的な方向転換をしないと、人間側の抵抗力が弱まって、新たな薬などで対応し、その結果また抵抗力が弱まってと・・・どんどん人間が弱くなっていく、この悪循環が止められないと思う。

 ダニエキスの件をきっかけに、真面目な日本人が、近視眼的に事を進めるのではなく、大局観に立った、自然の摂理に反しない、バランスのとれた考え方をしてくれることを望みたい。人間だって自然物なのだから、自然な状態からあまりにもかけ離れた環境で生きようとするのは間違いなのだ。

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2015年3月31日 (火)

私のダイエット法・・・と英語の指導法

 もう10年ほど前になるが、私は長年吸っていたたばこを止めた。するとご多分に漏れず、食欲が増し、知らぬ間にたくさん食べるようになっていたのか、体重がじわじわと増えていった。

 私は太る体質ではなかった(と自分では思っていた)ので、体重の増加には気づいていたものの、たばこを止めたことによる一時的なもので、いずれは元に戻るだろうと思い、特に何をするわけでもなく放っておいた。

 でも体重の増加は止まらず、お腹の脂肪のせいで、前にかがみにくくなったり(足の爪を切る時に感じた)、ズボンのウエストのサイズも、1つ上がり、2つ上がり、3つ上がり、となっていき、ダイエットなど考えたこともなかった私も、さすがにやらないとダメかなと思うようになった。

 そして、たばこを止めて(=太りだして)2年後、ついにダイエットを実行することにした。その時には、体重が以前に比べて10kg増えていた(65kg→75kg)のだが、その分を減らして元に戻すことが目標だ。

 さて、ダイエットの方法なのだが、それを考える前に、やると決めたら確実に成果を出したかったし、また私は根本的なことから考えないと気が済まないたちなので、そもそも痩せるとはどういうことか、どうなれば痩せるのか、ということを考えた。

 すると痩せるとは、消費カロリーが摂取カロリーを上回ることで起こること、そして具体的な数値で言うと、消費カロリーが摂取カロリーを7,000kcal上回ると、体重が1kg減るということが分かった。

 とにかく根本は、消費カロリー > 摂取カロリー、となればよく、そのためには、運動などをして消費カロリーを増やすか、食事を減らして摂取カロリーを減らせばよいということになる。

 これを踏まえて、改めて巷で言われているダイエット法を検証してみたが、まずは、いくら食べてもよいという、最も疑わしい方法は、どう考えても上の不等式を満たすはずがないので、即却下。次に「こんにゃくダイエット」のような一品だけを食べるという方法も、その必然性がないので(摂取カロリーを減らすことと、品目数を減らすことは関係がないし、ましてや一品にする必要は全くない)、やはり却下。「炭水化物抜きダイエット」のような特定の栄養素を抜く方法も、同様に必然性が感じられず(それにいかにも体に悪そう)、これも却下。

 運動をして、消費カロリーを増やす手もある訳で、そちらの方も検証してみた。ところが、この方法が有効でないことは、すぐに思い知らされた。調べるとすぐに分かるのだが、運動というのは、意外とカロリーを消費しない。例えば、身近なジョギングだが、それによって7,000kalを消費するには(つまり1kg痩せるには)、何と約100km(フルマラソン2回半に相当)の距離を走らなければならない。

 つまり食べる量を減らさずに痩せるには、これだけの運動が必要になる。私が目標としている10kg分を痩せるには、約1,000km(フルマラソン25回分、東京~大阪1往復分の距離に相当)も走らなければならず、とても現実的とは思えない。

 ということでやはり、食事を減らすこと(栄養バランスは考えながら)が、最適な方法だろうということに落ち着いた。元々そうなのだろうと思っていたし、ダイエットを決意した時点で、食事を減らす覚悟も出来ていたので、そこは問題がなかった。逆に食事を減らしすぎると、体が飢餓状態と勘違いして、より脂肪を溜めこもうとして、やせにくい体になってしまうと聞いていたので、食事をどこまで減らしてよいものかが、気になっていた。

 そうした疑問に答えてくれ、そしてまさに私のダイエットの道標となってくれたのが、ちょうどタイムリーに出版された「いつまでもデブと思うなよ: 岡田斗司夫著」という本だった。この本で提唱されている「レコーディング・ダイエット」により、私は痩せることができたのだが、その方法は、食べたものとそのカロリー数を全て記録(recording:レコーディング)するというものだ。

 ちなみに、すぐに挫折してしまわないよう、まずは記録さえとればいくら食べてもよい、という段階から始めることになっている。いずれは食べる量も減らさなければならないのだが、それも無理やりという形ではなく、記録をとっていくうちに、自然と食習慣が改善されることを目指す(毎回、ラーメン大盛と記録されているのを見て、たまには普通盛にするか、と考えるなど)。

 そして最終的には、1日あたり一定のカロリー数に抑えるのだが、その一定数というのが、基礎代謝量(特別何もしなくても、呼吸など生命維持のために消費されるカロリー)で、これを下回ってしまうと、上で述べたように体が飢餓状態と勘違いし、痩せにくくなってしまう。基礎代謝量は、性別や体のサイズによって変わるが、私の場合は約1,500kcalだった。

 一方で、通常の生活で1日に必要とされるカロリー(=その量を摂取していれば、太りもせず痩せもせずというカロリー)は、これも性別や体のサイズ、普段どれくらい体を動かすかによって変わるが、私の場合は約2,200kcalだった。

 つまり私は1日約1,500kcalの食事をしていれば、2,200kcal ― 1,500kcal = 700kcal分摂取カロリーが下回ることになり、1日あたり100g、10日で1kg、そして3ケ月と10日ほどで、目標の10kgが痩せられることになる。

 実際にそのダイエットを実行し、どうなったか? 結果から言ってしまえば、見事なほど計算通りに痩せられた。やはり、根本的に正しいことをきちんと実行すれば、確実に結果は出るのだなと、しみじみ思った。

 もちろん、それなりの苦労もあった。一口に1,500kcalに抑えると言っても、ちょっと調べてみるだけで、結構難しいことが分かる。レストランのごく普通のセットメニューや、コンビニの弁当なども、800kcalくらいあったりするし、焼肉やハンバーグ系となると、1,000kcalを超えたりする。パンにハムエッグにサラダという、質素だと思っていた普段の朝食も、計算してみると実は600kcalくらいあった。

 だから初めは、1,500kcalに抑えるなんて本当に可能なのかと思ったが、外食でも、例えば野菜中心でカロリー控えめのものを選んだり、肉系でもミニサイズのものにすれば、意外と何とかなることが分かった。普段の朝食にしても、油っぽいソーセージを、あっさりしたハムに変えるだけで、結構カロリーが下がることが分かった。また毎食ごとに節制しなくても、夜はがっつり食べる代わりに、その分朝と昼を一層抑える、などということも出来た。

 とは言え最初はやはり、1回分の食事が物足りなく感じ、えっ、これで終わりなの、と悲しく思ったものだが、食後に悲嘆にくれている(!?)うちに時間が経つので、そこでそれなりの満腹感も生じ、これでもやっていけるのかな、と何とか自分を納得させた。でも意外と数日で、こうした食事にも慣れ、上述のように工夫してカロリーを抑える作業も、パズル解きのようで楽しく、総じて私のダイエットは、そうつらいものではなかった。

 そんなこんなで私は、何とかダイエットが続けられた訳だが、その理由の第一は、やはりどうしても痩せたかったという意志だ。ただそれに加えて、納得感を持って実行したことも大きい。準備段階で、痩せるとはどういうことかを根本から考え、それに即した理にかなった方法を探っているうちに、これだ!という方法(つまりレコーディング・ダイエット)に出会い、あとは実行するのみと、迷いがなかった。

 ちなみに、レコーディング・ダイエットを提唱していた「いつまでもデブと思うなよ」という本には、大いに助けられた。太るメカニズム・痩せるメカニズムといった理論的なことや、どのくらい食事を減らすと最も効率よく痩せられるのか、という数値的なことは、非常に納得がいったし、実際の筆者の体験談も、精神的な助けになった。

 さらには、社会学や文化論の視点による考察もあり、たかがダイエットでも、頭のよい人が書くと、こんなにも内容の濃い、読みごたえのある本になるのだなと感心した。これからダイエットをしようという、理論派の人にお薦めなのはもちろん、ダイエットとは無縁の人にとっても、社会学の風変わりな教材、あるいは文章力を磨く教材として面白いかもしれない。

 さて、ダイエットが上手くいっても、リバウンドがよく問題になるが、それは全くなかった。私の場合、カロリーを控えた食事を3ケ月以上続けた訳だが、それだけ続けると、もはや完全に習慣化していて、目標達成となっても、別にたくさん食べたいとは思わなかった。もう痩せなくてよいのなら、さすがに基礎代謝分の1,500kcalに抑えるのは少し(それでも少し)厳しいけど、かと言って、食べたいだけ食べても、本来必要とされる2,200kcalは、基本的に上回らなくなった。

 実はここも、レコーディング・ダイエットの大きなポイントだ。特別無理をしたり、極端なことをする訳ではなく、理にかなったことを無理のない範囲で進めていくので、そうしているうちに、食べたい量自体が減ってくるのだ。食べたい量が減る、つまり食べたい量が太らない量なのだから、食べたいだけ食べても太らないということになる。だから、リバウンドも起こりようがない。素晴らしいことだ。この点は、筆者が本の中で述べていたことだが、私も追体験ができた。

 ダイエットを終えてから今に至るまで、もう何年も時間が経っている。その間私は、基本的に食べたいだけ食べているが、今も体重は変わらない。ありがたいことだ。

 以上が私のダイエット体験記なのだが(予定よりはるかに長くなってしまった・・・)、そこでの考え方や行動は、私の英語の指導法にも通じているものがあると思う。また私がダイエットで味わった体験の本質的な部分は、英語を学ぶ生徒にも追体験させたいと思っている。ご参考までに。

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2014年12月31日 (水)

「ダメよ~ダメダメ」の昨今

 「ダメよ~ダメダメ」とは、2014年の新語・流行語大賞となったフレーズだ。実は私自身は、この言葉にあまり馴染みがなかったので、大賞の候補にノミネートされた段階でも、まさかこの言葉が大賞をとるとは思っていなかった。

 でも、ある審査員のコメントを聞いて、合点がいった。何でもこの言葉は、記者会見等、様々な場面での煮え切らない押し問答を言い表す、今年を象徴する言葉だとのこと。(受賞理由に、そんな深い意味があったのかと、少し驚きもしたが。)

 確かに今年の記者会見を振り返れば、佐村河内氏のゴーストライター会見、小保方氏のスタップ細胞会見、野々村県議の号泣会見など、一体何なんだという、釈然としないものが多かった。釈然としないから、こちら側もはっきり「ダメだ」と責められない。だから「ダメよ~ダメダメ」と、責める方も、釈然としない責め方になってしまうということか・・・

 しかし、この釈然としない記者会見は、今年に始まったことではない。振り返れば私の人生で、初めて釈然としないと思った会見は、実は2007年9月の安倍総理の辞任会見だ。元々参院選の敗北で進退が注目されていたが、国会の所信表明で続投の意思を示したわずか2日後の辞任ということで、一体何なんだと、驚き、憤ったのをよく覚えている。

 そもそも記者会見というものは、それなりの立場の人が行なうわけで、それまでは、会見の内容に憤ることはあっても、訳がわからず腑に落ちない、というものはまずなかったように思う。ましてや総理大臣という国のトップが、腑に落ちない会見をするなど、想像もしなかったので、この安倍総理の会見は、本当に衝撃的だった。

 ちなみに2007年は、他にも釈然としない記者会見が色々あった。ボクシングの亀田父子の、試合中の反則行為に対する謝罪会見も、一体誰に、何に対して謝罪しているのか、そもそも本当に謝罪しているのか、と疑問だったし、船場吉兆という高級料亭の、母子の腹話術もどきの会見も(会見中言葉に詰まった息子は、隣にいる母が小声で指示した通りに発言するのだが、母の声も全てマイクで拾われ、放送されてしまったというもの)、笑わせてはもらったが、やはり訳の分からないものだった。

 というように2007年は、記者会見に変化が起きた年だったが、変わったのは記者会見だけにとどまらなかった。記者会見は世の中を映す鏡なのか、やはり世の中の雰囲気と無関係ではない。その年あたりから、世の中全体も、何か釈然としないことが増えてきた気がする。どういうことかを説明するのは、個々の事例は非常に微妙なので、難しいのだが、世の中が必ずしも悪くなったというのではなく(善悪の問題なら、昔の方が悪かった気がする)、筋の通らないことが増えてきた、という感じだ。

 今になってみれば、その頃から、利益至上主義が強まったり、何かと数字で評価される傾向が強まったりしたように思う。その結果、モノやサービスの質、あるいは自分の仕事の質を顧みなくなったり、またよい評価が出なかった時に備えて、つじつま合わせや、責任逃れの方法を考えることに腐心したりしているうちに、多くの人が、核心をついたことを言わなくなり、行わなくなり、筋の通らない、得体の知れない世の中が出来てしまったのだろうか。

 一方話は変わるが、最近よく、ある有名大学の以前の学長さんの「個人が所属する共同体の安定がなければ、個人の幸福もあり得ない」といった言葉を思い出す。この言葉は、ある公開討論会(調べてみたら、奇しくもこれも2007年のことだった)で、大学では社会や人類に貢献するために学ぶのだと言われるが、自分のことだけ考えていればいいのではないか、という過激な質問に対しての発言だったと記憶している。

 私はかれこれ10年以上、一人で自由に仕事をさせてもらっているが、共同体の安定なくして個人の幸福はないことは、理の当然だし、それは十分に分かっていたつもりだ。ただ正直、そのことを明確に意識することはほとんどなかったのだが、逆にそれは、私の所属する共同体(つまり日本)が安定していた証拠とも言えるのではないか。

 ところが2、3年前から、そのことを意識することが増えてきた。もちろん日本は、戦乱もなく平和で、共同体は安定しているではないか、と言われればその通りだし、平和な日本には大いに感謝しているが、上述の記者会見に象徴されるようなことを頻繁に目にしたり、自分の日々の生活でも、それに類する筋の通らないことに頻繁に出くわしたりすると、一人自由に英語を教えている場合なのだろうか、などと思ってしまう。

 とは言え、もはや私には英語を教えることしかできない。これまで少なくとも、英語を教えることに関しては、筋を通してきたつもりだが、これからもより一層強い意志で、筋を通していこうと思う。たとえ生徒に厳しく接しざるを得なくとも。

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2014年6月30日 (月)

日本人はどうしたいのか

 ブラジル・サッカー・ワールドカップ、今回日本は1勝もできずに、1次リーグ敗退という残念な結果で終わってしまった。日本のW杯出場は、これで連続5回目。1998年のフランス大会初出場から16年が経っているが、当初から敗因の1つとしてずっと言われ続けてきたのが、決定力のなさ、つまりここぞという時にゴールを決める力のなさだ。

 今回は、欧州で活躍している選手も多く、これまでの日本代表と比べて、技術力は高いということだった。確かにそれは間違いないと思うが、決定力に関しては、結局今までと変わらないかなという印象だった。

 思えば16年というのは結構長い年月で、98年の初出場時に7歳だった小学1年生が、23歳という今回のW杯で十分活躍できる選手になっているほどの年月だ。これほどの時間があれば、決定力のあるアタッカーがせめて1人くらい生まれてもいいのにとも思うが、そうした逸材がいなかったのだろうか。いたけども育成が上手くいかなかったのだろうか。それとも日本特有の横並び意識が、そうした逸材をつぶしてしまったのだろうか。

 でもそれより気になるのは、そもそも決定力のある選手を作ろうとしたのかということだ。以前よく日本代表OBの方たちが、日本人の能力では突出したアタッカーになるのは無理だと、だから組織の力で戦うべきなのだと言うのを耳にしてきたが、そうした考えはまだ根底にあるのだろうか。それとも改めたのだろうか。

 そもそもアタッカーを作ろうとしていたのなら、なぜ生まれなかったのかを検証して、反省をその後に生かすべきだが、組織力で戦おうとしていて、アタッカーを作ろうとしなかったのなら、アタッカー不在を嘆いても意味がない。別の敗因をしっかり検証すべきということになる。

 というように、こうした点1つとっても、基本的に日本はどうしたいのかがはっきりしない。そこがはっきりしないから本当の意味での反省もできない。反省ができないから、次に向けた有効な対策もとれない。こういう悪循環を(まさに受験勉強でも避けたいこと)、この16年繰り返してきてしまった気がする。

 一般国民にも問題はある。試合に負けた時こそ、突出したアタッカーの出現を願うが、普段日本人は突出した存在をよく思わない。出る杭を打つ性質は、他国よりかなり強い。そんな文化の中でアタッカーが育つだろうか。

 約3年前の記事で書いたのだが、大接戦で延長の末、ある選手が見事なボレーシュートで1点をあげ、その1点のおかげで勝ったというアジア杯の決勝戦があった。その得点をあげた選手が、今日の試合では自分がヒーローになろうと思っていた、といった発言をしたところ、なぜ(一般の日本人のように)皆のおかげで勝てたという旨のことを言わず、自分のことばかり言うのかと、ネット等でかなり叩かれたらしい。こんな環境で、突出したアタッカーよ出てきてくれ、と望むのは虫がよくないだろうか。

 主将の長谷部選手が、国の文化もサッカーの一部だということを示唆していたが、まさにその通りだと思う。もはや文化から見直さなければ、日本はこれ以上強くならないのかもしれない。

 突出したアタッカーが見事なゴールを決めて勝つ、といったことを望むのなら、それを阻害しない文化、つまり日常的に突出した存在を認める環境を作らなければならないだろう。

 それは無理だが強くなることは望むという場合は、組織力を鍛え上げ、徹底的に集団で戦う戦法をとるか、または日本独自の奇襲作戦でも行なえばよい。日本は何かと世界標準から逸れるので(いわゆるガラパゴス化)、実際変わった戦法の方が、日本人の力が発揮できるかもしれない。

 いずれにしても日本国民も、どうしたいのかをはっきりさせる時が来たのかもしれない。それがなければ反省もできないし、反省ができなければ、有効な対策もとれないのだから。

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2014年2月28日 (金)

受験生もあの満足感を ・・・ ソチオリンピックを見て

 ソチオリンピックが終わった。受験生はオリンピックどころではなかっただろうから、ちょっと申し訳なく思うが、何だかんだと結構見てしまった。

 フィギュアスケートの羽生選手や、スノーボードの平野選手、平岡選手のような、若者の活躍ももちろん素晴らしかったが、私のような年配の者にとっては、スキージャンプの葛西選手の、20年越しのメダル獲得が、一層感動的だった。ちょうど20年前、1994年のリレハンメルオリンピックで、あと一歩のところで金メダルを逃したこと、その後の、金メダルをとったあの感動的な1998年の長野オリンピック・スキージャンプ団体 ――― 思えば私はこれを見て初めて、スポーツが人を感動させることを知ったかもしれない ――― のメンバーから直前ではずされたこと、などをよく知っているので、感動もひとしおだった。

 一方今回のオリンピックでは、フィギュアの浅田選手や、モーグルの上村選手など、メダルはとれなかったものの、競技が終わった後のあの何とも清々しい、満足感に満ちた様子にも感動を覚えた。特に上村選手は、98年長野オリンピックの初出場からずーっと見ているので、今度こそはメダルをとらせてあげたいなあと、もはや親心のような想いを持って見ていた。結局4位と惜しくもメダルを逃したわけだが、決勝でその順位が決まった後、上村選手はどういう様子でカメラの前に立ち、どういう受け答えをするのかと心配していた(これも親心?)。でもそんな心配は全く無用で、彼女は実に満足感あふれる表情で、やってきたことが全て出せたので悔いはないとの発言。それが本心だということは、まさに彼女の表情が物語っていた。

 結局大事なのは、他者からの評価よりも、むしろ自らの評価なのだ。少なくとも他者からの評価がよくても(オリンピックで言えば、メダルをとっても)、自らの評価で納得いくものがないと、心からの満足感は得られないのではないか。

 金メダルをとった羽生選手が、転倒をしたせいか、インタビューで開口一番「すみません」とか「悔しい」とか言っていたり、浅田選手が、前回のバンクーバーオリンピックでは、銀メダルをとったのに悔し涙を流し、今回は、メダルがとれなくても、満足感で感極まって涙を流していたことからも、それは言えるのではないか。

 受験生も、まさにこうした満足感を目指すべきだ。他者の評価よりも、まずは自らの評価を高めるべきなのだ。合格がどうのと言う前に、覚えるべきことはきちんと覚える、覚えた知識を実戦で使えるよう反復練習をするなどの、目前の具体的なやるべきことはきちんとやったと、自信を持って言える心境になるべきなのだ。

 他者の評価より自らの評価が大事だと言っても、受験は合格しなければ意味がないではないか、とも言いたくなる。確かにその通りなのだが、究極的に、合否というものは学校が決めることで、受験生側ではコントロールできない。コントロールできるのは結局、やるべきことをやるということだけだ。だからそこに脇目もふらずに力を注ぐことが大事なのだ。そしてそれが満足感を生み、よい結果ももたらすのだ。

 オリンピックでメダルをとることと、入試での合格は、求められるレベルがあまりにも違うので、よいたとえではないかもしれない。でも、オリンピックではメダルをとれなかったとは言え、浅田選手や上村選手が見せたあの満足感を、受験生が持てれば、自ずと結果はついてくるはずだ。そう信じて頑張ろう。

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2013年10月31日 (木)

ブログ・3年経過

 私がこのブログを書き始めたのは、2010年の10月だ。丸3年が経ち、今月で4年目に入る。感無量とまではいかないが、決して文章を書くのが好きではない私が、よく3年も続けられたなと、我ながら感心している。

 そもそもブログを書き始めたのは、個人的な意見を発信する必要性が高まってきた、と感じたからだ。個人運営の家庭教師の宣伝手段として、以前からホームページは開設していて、連絡先や授業料、指導理念などの、事務的な情報や、不変的な内容は載せていた。ただ時代が進むにつれ、そうした固定的な情報だけでなく、ブログや、さらにはツイッター、フェイスブックなどで、その時その時の、何らかの事象についての生の声を発することが、一般的になってきたので、私もその手法を取入れたのだ。

 実際、家庭教師の指導を依頼していただくに際しては、やはり私がどういう人なのかを伝える必要があるが、それを直接的に語るやり方に加えて、日々の授業や、教育や、社会など、様々なことについて、その時々に何らかの意見を述べ、その意見によって人物像をイメージしていただく、という方法も大事かなと思う。

 ちなみに今の私の立場では、毎日のように頻繁に、不特定多数の人に、情報を発信する必要性は感じないので、ツイッターやフェイスブックは使っていない。

 3年前に初めて書いた記事は、「貧者の兵器とロボット兵器」というタイトルだ。遠隔操作の無人兵器によるアメリカの軍事攻撃の問題を扱った、NHKスペシャルというテレビ番組を見ての感想を書いたものだ。何とも意表を突いたもので、今になって改めて見てみると、家庭教師のブログの最初の記事がこれか!、と自分でも驚くが、ちょうどブログを始めようと思った時期に、たまたまその番組を見て、あまりの衝撃的な内容に、書かずにはいられなくなったのだと思う。

 その内容が、家庭教師のブログに、しかも初回の記事にふさわしいのか、ということも考えたと思うが、当時は、ブログには、むしろ本業とは関係ないことを書くのがよいと思っていた節があり、とすれば、この衝撃的な内容は、まさに初回にうってつけだと考えたように記憶している。

 でもブログを書き進めていくにつれ、結局内容は、本業と関係した、日々の授業教育のことが中心となり、社会的なこと、その他のことは、たまに書く程度となった。

 書く頻度は、当初は月2回と考えていたが、ブログを始めて半年くらいして、月1回に落ち着いた。この程度の文章を書くだけでも、私にとっては意外と大変で、長く続けるには、月1回くらいがちょうどよいかなと思えるようになったのだ。ただ一方で、1回毎の文章量は、初期に比べれば長くなっていて、久しぶりに初回の記事を見た時は、こんなに短かったんだと、少し驚いた。

 私のブログが、多くの人の反響を呼んでいるということは全くないし、それを目指してもいない。でも、これから英語110番に入会しようかと考えている方や、すでに入会している方には、結構見ていただいているようで、嬉しく思うし、ある意味目的は果たせている。そしてそれが、ブログを書き続ける十分なモチベーションになっている。

 さらに、ブログが続けられたもう一つの要因は、習慣化だ。実は今でも、ブログを書く段になると、ちょっと気が重くなったり、今月は書くのやめちゃおうかな、という考えが頭をよぎったりするが、それでも続けられているのは、もうブログを書くことが、完全に習慣化しているからだ。やめようと思うことがあっても、もはや書かない方が気持ち悪いのだ。

 勉強においても、習慣化の重要性はよく言われるところだ。実力をつけるには、継続的な勉強をしなければならないが、そのために最も重要なのは、習慣化だ。もちろん、その勉強に興味を持ったり、意義を考えたりすることから入るのも、一つの手かもしれないが、ある程度のレベルにならないと、本当には興味を持てないことも多いし、その勉強の意義がわかったところで、遠くの大目標に思いを馳せるだけで、目前のやるべきことをやるという原動力にはならなかったりする。まずは始めてしまい、習慣化するのが先だと思う。

 ブログを始めて3年が経ったのを機に、勉強を教える側の私も、改めて習慣化の重要性を実感した。学生の皆さんも、改めて意識していただければ、と思った次第だ。

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2013年8月31日 (土)

寛大さに救われる

 これと言う特定の理由があったわけでないが、私は高1、高2の時にやる気をなくし、ほぼ全く勉強しなかった。高3になって、ひょんなことから(と言っても、理由を明確に挙げるのは難しいのだが)勉強をし出し、そして1年の浪人を経て、何とか大学に受かったのだ。

 ちなみに、勉強をしなかった高1、高2の時は、どう過ごしていたかと言うと、とても楽しくとまでは言わないが、特に悲嘆に暮れていたわけではなく、ごく普通に過ごしていた。これは、親、先生、友達が、私を放任してくれたおかげだ。とにかく周囲の人は誰も、勉強しろとはほとんど言わなかった。

 親は、私が中学の時までは比較的うるさかったが、高校生になったら、もう言って聞かせようとしても無理だと思ったのか、何も言わなくなった。先生に関してだが、当時(約30年前)の私の高校(神奈川の某県立高校)の先生は、悪く言えばいい加減(失礼!)、良く言えば大らか、放任、生徒の自主性に任せるという感じで、私が勉強しないことに関して、特にうるさくは言わなかった。小言くらいは言うものの、ひどく責めるわけではなく、蔑むわけでもなく、また無言の圧力をかけるわけでもなかった。もちろん高校なので進級の問題があり、赤点の課題などはしっかり行なうよう求められたが。友達も「しょうがないヤツだ」とか「もう少し勉強しろよ」くらいは言うものの、勉強するしないは本人の問題だというスタンスで、少なくとも、私が勉強をしない、成績が悪いということで、人格まで否定するようなことはなかった。ちなみに私は高2にもなると、成績が悪いことを自分からネタにするようになっていて、私の成績の悪さは校内では結構有名だった。なので、他のクラスのそれほど面識のない生徒も、私のところにテストの点を確認しに来ることさえあった。私に負けてはヤバいので、私より点がいいかどうかを確認しにくるわけだ。幸い(?)ほぼ毎回私が負けるので、皆ホッとして帰っていったが。

 と、このように、昔の周囲の人の寛大さのおかげで、高校もそれほど居心地の悪い場とはならず、私も腐らずに済んだ。今になって振り返ると、これは非常にありがたいことだった。高3になってからは、さすがにこれではいけないと思い、今までの分を補うかのごとく、必死に勉強したが、そのパワーが生み出せたのは、勉強しなかった高1、高2の時も、あまり思い悩まずに過ごせて、精神が無駄に疲弊しなかったからだと思えるのだ。実際当時の私のやる気のなさは、なかなか凄いものだったので、やる気がない時にあれこれ言われても、事態が余計悪化しただけだったと思う。

 翻って現代の社会は、高度に情報化が進み、徹底した管理、評価が求められる、気の抜けないものとなった。学校という組織もそうした社会の影響を免れないようだ。もう昔のような寛大さを求めるのは無理なのかもしれない。でも長い人生、どこかでやる気をなくすこともある。そうした時期がちょっとあるだけで、何もかもダメになるという事態は、せめて学校では起こらないようにと願うばかりだ。また現代は、生徒の側でも、正規の道を逸れてはいけないという、心理的な圧力が強まっている気がするが、実は逸れたとしても、その気になれば何とでもなるものなので、そうした大らかな気持ちを持っておくことも、現代を生き抜くコツだと思う。

 かく言う私の今の家庭教師という仕事は、学校の成績を上げる、入試に向けた実力をつける、という明確な目標に対応しなければならず、上述のような寛大さを発揮するのは難しい。結局私も、気の抜けない現代社会に加担しているではないか、というジレンマを感じる。

 でも一方で、やる気がない時に勉強しても成果は出ない、本来のカリキュラムから逸れても復活は可能、ただし相当な努力が必要、といったせっかくの自らの体験で身にしみてわかったことを、はっきり伝えるのも、今の私の立場では必要なことだと思うので、それはそれでしっかり行なっていきたい。

 根本的なジレンマの解消は、ずっと先になるだろうか。

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2013年5月31日 (金)

インターネットの恩恵

 私が今のような形で仕事ができているのは、全くもってインターネットのおかげだ。扱う生徒は少数だが、広範囲の地域を対象とするというやり方は、インターネットがなければできないことだ。

 振り返ると、私がインターネットを始めたのは1995年、パソコンを世に広く普及させるきっかけとなった、ウィンドウズ95が出てからだ。このウィンドウズ95というOSが販売された時は、今からすれば不思議なほどのお祭り騒ぎだった。元々インターネットとは凄い技術だということは、何となく知っていたが、ウィンドウズ95を買い求める人だかりの映像を何度も見せられるにつけ、これは今すぐ、パソコンを買ってインターネットを始めなければ、という気分になった。新しいものにすぐに飛びつかない私にしては珍しかったが、それほどインターネットは凄いものだと、直感的に感じていたのだ。

 実際にインターネットを使ってみると、想像以上に凄いものだった。初めて使った時の興奮は今でも忘れない。好きな時に好きなだけ、国内外を問わず、大きな組織が発するオフィシャルな情報から、一個人が発するたわいない情報まで、フルカラーの画像などもついて、何でも手に入った。これは今となれば普通のことだが、それまでにはない本当に画期的なことだった。当時、インターネットは産業革命以来の大変革だと言った評論家がいたが、全くその通りだと思った。そして現在、インターネットが世界に与えた、計り知れないほどの影響は周知の通りだ。

 情報の入手もさることながら、インターネットでさらに凄いのが、誰でも簡単に、しかも全世界に向けて情報を発信できることだ。これも今ではすっかり普通のことになってしまったが、それまでは、全世界どころか、国内であっても多くの人に情報を発信するには、テレビで放送してもらう、出版社と掛け合って本を出版してもらうなどの方法しかなく、私のような平凡な一個人には、事実上無理だったわけで、やはりこれは大変革なのだ。

 当時私は、何としても多数の人に訴えたいことがあった訳ではないが、この時代の大変革の波には乗ってみたいという思いがあり、パソコンを買った翌年(1996年)に早速ホームページを作って公開した。その頃私は某塾に勤めていたが、商用のホームページではなく、個人的に勉強法や受験に対する意見を述べてみたり、特徴のある入試問題を紹介、解説したりといった、手作り感満載の、ささやかなものだった。ちなみに当時は、ブログも、Facebookも、Twitterもなく、独学でhtmlを学んで、一からホームページを作った。そんなホームページでも、全国から、はたまた海外から(海外赴任の日本人の方だったが)結構意見や質問が寄せられ、改めてインターネットの威力を実感した。

 このように、感嘆しきりのインターネットだが、最終的に私がそこから受けている恩恵は、一個人が多くの人に情報を発することができるという、インターネットのまさに本質的なことよりも、少数の人により訴えが届くようになったこと、延いては、小規模のまま事業を継続するのが可能になったことと言える。

 インターネットの登場以前、学習塾のようなところは、狭い範囲限定で小規模で運営するか、広い範囲を対象にして大規模で運営するかの、どちらかしかなかったように思う。それがインターネットにより、広い範囲を対象にしながら小規模で運営することも可能になったのだ。インターネットは、広範囲の人に、ほとんど費用をかけずに、情報を伝えることができるからだ。狭い範囲では、私が提供するサービスへの需要は、事業が継続できるほどはないかもしれないが、広範囲を対象とすれば、そうした需要が生み出せる。そしてそれがいとも簡単に、インターネットでできるようになったのだ。

 実際今の私のように、東京から3人、神奈川から2人、埼玉から2人、千葉から1人などという形で、生徒に来てもらっているのは、まさにインターネットがあってこそだ。

 一方、現在私が仕事でインターネットを利用しているのは、主に宣伝、さらには、生徒が授業で用いた教材やテストを復習のために、ダウンロードできるようにしていることだ。インターネットを介した指導は、現在していないし、当面しないと思う。あくまでもやりたいのは、人が直接対面して行う指導だ。やはり他の方法と比べて、伝わるものが圧倒的に多いからだ。でも、多大な恩恵を受けたインターネット、そしてまだまだ大きな可能性を秘めたインターネット、その可能性を閉ざさず、今後も自分なりに上手な使い方をしていきたいと思う。

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