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2015年4月30日 (木)

今の生徒は真面目だが・・・

 私は、かれこれ30年ほど教える仕事をしている。これだけ教えていると、昔と比べ、やはり生徒の気質は変わってきたなあ、とつくづく感じる。変わった点は色々あるのだが、最近特に感じるのは、生徒が真面目になったということだ。

 真面目なのは本来よいことなのだが、やはり何事もバランスが大切で、行き過ぎると、あるいは方向性を間違えると、問題が生じてくる。最近は特に、言われたことをこなす、決まりは守る、ということばかりを優先して、肝心の出来や成果、そして自分の感覚さえもが二の次になっている、という事例が増えてきた気がする。

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 例えば、こんな例があった。

 ある生徒は、毎週単語を100個ずつ覚え、それをテストをしているのだが、毎回微妙な出来だった。さらには前の週に覚えたはずの単語をチェックすると、既にかなりの部分忘れている。何よりも、毎回のテストがつらそうで(実際唸り声を上げながら(!?)行なうこともあった)、週100個というペースが、その生徒には合っていないのではないかと思われた。

 そのことを生徒に指摘すると、ペースが遅くなるのが不安だ、そして何よりも、決めたことをやらないのはよくない気がする、とのことだった。でも、早いペースで進んでも、あまり覚えていないのなら、結局やり直すハメになって、効率が悪いのではないかと指摘すると、この点に考えを巡らせたことはないようで、そもそも私の指摘がピンと来ていないようだった。

 そもそも週100個というペースは、学校がそのような進度だったので、とりあえずそれに合わせてみようか、ということで始めただけで、そのペースでなくてもよかったのだ。実際この生徒の場合、週あたりの個数をもっと減らしても、入試までには必要な単語が網羅できた。

 だから本来なら、せっかくの個人指導なのだし、本来やるべき量・ペース、自分にとってしっくりくる量・ペース、目標のレベル、現実の自分の出来、などを総合的に考え合わせて、最も効果的だと思われるやり方で進むのが、重要なはずなのだ。でもこの生徒は、そうした実効性には考えが及ばず、とにかく決めたことをやる、ということにだけ力を注いでいたのだ。

 ちなみに学校の場合は、自分だけペースを変えることは、もちろん出来ないが、それでも自分の感覚に基づいて、理解が怪しいところは後でやり直したり、全てを完璧にこなすのが難しいのなら、さしあたりの優先事項を選び出し、それを確実に定着させるようにするなど、自分なりの対策はとるべきだ。

 また、こんな例もあった。

 ある高3生が持っていた長文問題集が気になり、それは何かと尋ねると、昨年(高2時)学校の授業で使っていた教材だと言う。では、その教材で習ったことで何を覚えているか?と聞くと、何も覚えていないとの答。そもそもこの教材は昨年のもので、今は使っていないのだから、覚えているわけがないのでは、と言わんばかりに・・・ 答の内容も驚きだったが、何のためらいもなく即答したことも驚きだった。

 つまりこの生徒は、何も覚えていないことを問題視していないのだ。それどころか、言われたことはきちんとやっていた、という自負がある。授業の前に分からない単語は調べたし、設問も解いたし、授業では板書もきちんとしたし、復習も一応したし、学校から指示されたことはきちんとこなした、ということなのだ。

 せっかく勉強したのに、そんなに忘れているのでは、意味がないのではと指摘すると、生徒は、でも言われたことはきちんとやりましたよと、そここそが大事とばかりにアピールしてくる。それを聞いて再度私は、でも忘れていては意味がないのでは・・・と堂々巡りになっていく。

 もちろん長文問題集の隅から隅まで覚えている必要はない。また、覚えているものが言葉で明確に言えなくても、本人のみぞ知る何か感覚的なものが身についているのかもしれない。でも本来長文問題をこなしたら、その後は何度も音読して、頭にしみ込ませることが、実力をつけるためには必要だ。そうした作業を繰り返していれば、その長文をきっかけに覚えた単語や文法、どういう内容の長文があったか、印象深かった一節、内容把握に苦しんだ箇所、和訳に苦闘した部分など、何かしら記憶しているはずなのだ。

 そもそも学校では、この音読という重要な作業をするよう指示しなかったのかが気になるが、生徒によれば、言われたことはきちんとやったはずなので、その指示はなかったと思うとのことだ。ただこの学校の指導が全体を通して緻密なことを考えると、生徒を疑うようで悪いが、恐らく音読の指示はあったものと思われる。たまたまその指示だけ聞きそびれたか、その指示が曖昧なものだったのかもしれない。

 いずれにしてもこの生徒は、言われたことはやったというだけで満足し、長文問題を1つこなす毎に、自分がどう成長したかということを考えることがなかったのだ。

 さらには、こんな例も。

 ある生徒の学校では、長期休みの期間に、特別講習を行なうと言う。ただ、どの講座を受講するかは自由に決めてよいし、そもそも受講してもしなくてもよい、とのことだった。

 その生徒に、どの講座を取ることにしたのかと聞くと、それはそれはたくさんの講座を取っていて、しかも、今のレベルを考えたら難しすぎるのでは、という講座も多く含まれていた。

 現状を考えると、これまでに学校で習ったことも、復習不足で定着したとは言えないので、そんなに講座を取ったら、復習の時間がなくなってしまうのでは、そして私の授業の予習・復習の時間もなくなってしまうのでは、と指摘した。すると、そんなことは考えたこともなかったようで(そここそ考えるべきなのに・・・)、最初はポカンとした様子だったが、よく考えてもらったところ、確かに復習時間は必要だということは納得したようで、講座数は適量に抑えることにした。そして講座のレベルも、現状に合ったものに絞った。

 予習・復習の時間、つまり定着のための時間を無視して、とにかく講座をたくさん取れば、とにかく問題集をたくさんこなせば、出来るようになると思っているという、こうした過ちは、実は昔から見られるものだが、最近は、真面目にコツコツやるタイプでも、こうした過ちを犯す例が増えてきた気がする。

 いずれにしてもこの生徒は、自分の状況に関心を持たず、自分の状況とは無関係に事を進めていたことが問題だった。

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 上の3例の生徒とも、皆真面目に勉強している。だからこそ、真面目さの方向違いによって、勉強の効果が減るのは、何としても食い止めたいところだ。

 ちなみによい勉強法と言われるものも、ある生徒には合っていないかもしれないし、合ってはいても、それをするタイミングは今ではない、という場合もある。そうしたことが判断できるためには、当然自分の状況がきちんと把握できていなければならない。

 どうせ真面目にやるなら、そこを真面目にやってほしい。

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