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2014年12月に作成された記事

2014年12月31日 (水)

「ダメよ~ダメダメ」の昨今

 「ダメよ~ダメダメ」とは、2014年の新語・流行語大賞となったフレーズだ。実は私自身は、この言葉にあまり馴染みがなかったので、大賞の候補にノミネートされた段階でも、まさかこの言葉が大賞をとるとは思っていなかった。

 でも、ある審査員のコメントを聞いて、合点がいった。何でもこの言葉は、記者会見等、様々な場面での煮え切らない押し問答を言い表す、今年を象徴する言葉だとのこと。(受賞理由に、そんな深い意味があったのかと、少し驚きもしたが。)

 確かに今年の記者会見を振り返れば、佐村河内氏のゴーストライター会見、小保方氏のスタップ細胞会見、野々村県議の号泣会見など、一体何なんだという、釈然としないものが多かった。釈然としないから、こちら側もはっきり「ダメだ」と責められない。だから「ダメよ~ダメダメ」と、責める方も、釈然としない責め方になってしまうということか・・・

 しかし、この釈然としない記者会見は、今年に始まったことではない。振り返れば私の人生で、初めて釈然としないと思った会見は、実は2007年9月の安倍総理の辞任会見だ。元々参院選の敗北で進退が注目されていたが、国会の所信表明で続投の意思を示したわずか2日後の辞任ということで、一体何なんだと、驚き、憤ったのをよく覚えている。

 そもそも記者会見というものは、それなりの立場の人が行なうわけで、それまでは、会見の内容に憤ることはあっても、訳がわからず腑に落ちない、というものはまずなかったように思う。ましてや総理大臣という国のトップが、腑に落ちない会見をするなど、想像もしなかったので、この安倍総理の会見は、本当に衝撃的だった。

 ちなみに2007年は、他にも釈然としない記者会見が色々あった。ボクシングの亀田父子の、試合中の反則行為に対する謝罪会見も、一体誰に、何に対して謝罪しているのか、そもそも本当に謝罪しているのか、と疑問だったし、船場吉兆という高級料亭の、母子の腹話術もどきの会見も(会見中言葉に詰まった息子は、隣にいる母が小声で指示した通りに発言するのだが、母の声も全てマイクで拾われ、放送されてしまったというもの)、笑わせてはもらったが、やはり訳の分からないものだった。

 というように2007年は、記者会見に変化が起きた年だったが、変わったのは記者会見だけにとどまらなかった。記者会見は世の中を映す鏡なのか、やはり世の中の雰囲気と無関係ではない。その年あたりから、世の中全体も、何か釈然としないことが増えてきた気がする。どういうことかを説明するのは、個々の事例は非常に微妙なので、難しいのだが、世の中が必ずしも悪くなったというのではなく(善悪の問題なら、昔の方が悪かった気がする)、筋の通らないことが増えてきた、という感じだ。

 今になってみれば、その頃から、利益至上主義が強まったり、何かと数字で評価される傾向が強まったりしたように思う。その結果、モノやサービスの質、あるいは自分の仕事の質を顧みなくなったり、またよい評価が出なかった時に備えて、つじつま合わせや、責任逃れの方法を考えることに腐心したりしているうちに、多くの人が、核心をついたことを言わなくなり、行わなくなり、筋の通らない、得体の知れない世の中が出来てしまったのだろうか。

 一方話は変わるが、最近よく、ある有名大学の以前の学長さんの「個人が所属する共同体の安定がなければ、個人の幸福もあり得ない」といった言葉を思い出す。この言葉は、ある公開討論会(調べてみたら、奇しくもこれも2007年のことだった)で、大学では社会や人類に貢献するために学ぶのだと言われるが、自分のことだけ考えていればいいのではないか、という過激な質問に対しての発言だったと記憶している。

 私はかれこれ10年以上、一人で自由に仕事をさせてもらっているが、共同体の安定なくして個人の幸福はないことは、理の当然だし、それは十分に分かっていたつもりだ。ただ正直、そのことを明確に意識することはほとんどなかったのだが、逆にそれは、私の所属する共同体(つまり日本)が安定していた証拠とも言えるのではないか。

 ところが2、3年前から、そのことを意識することが増えてきた。もちろん日本は、戦乱もなく平和で、共同体は安定しているではないか、と言われればその通りだし、平和な日本には大いに感謝しているが、上述の記者会見に象徴されるようなことを頻繁に目にしたり、自分の日々の生活でも、それに類する筋の通らないことに頻繁に出くわしたりすると、一人自由に英語を教えている場合なのだろうか、などと思ってしまう。

 とは言え、もはや私には英語を教えることしかできない。これまで少なくとも、英語を教えることに関しては、筋を通してきたつもりだが、これからもより一層強い意志で、筋を通していこうと思う。たとえ生徒に厳しく接しざるを得なくとも。

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