« 2014年7月 | トップページ | 2014年9月 »

2014年8月に作成された記事

2014年8月31日 (日)

求めないものは手に入らない

 受験の天王山と言われる夏休みも終わりを迎えるが、受験生の皆さんは、うまく勉強を進められただろうか。その夏休みは、実戦的な勉強も意識すべき時だが、英語の受験勉強において、多くの受験生にとって、最後にして最大の山場となるのが、「速読力」の養成ではないだろうか。

 こつこつ勉強を続けて、必要な単語や熟語、文法を覚え、文脈の追い方などの読解法を習得すると、長文は読めるようになるが、さしあたりは、ゆっくりなら読めるが、という条件がつくことがほとんどだ。それでも結構な偉業達成なのだが、入試を突破するためには、長文を「速く」読めるようになる、という仕事が待っている。

 得てして低学年のうちは、リーディングの教科書を、辞書などで調べながらきちんと訳すというように、時間はあまり気にせず、とにかく精度を高める、という勉強が重視されがちだ。もちろんこうした作業を通して、まずは英語の実力の下地ができるので、これはこれで重要だ。でも如何せん、入試は解く時間が限られている。当然「速く」問題がこなせなければならない。なので「速さ」に主眼を置いた勉強も必要になる・・・精度を犠牲にしてさえも。

 ウチの授業でも、遅くとも高3の夏には、こうした「速さ」を意識した勉強を行なってもらうが、今年はなぜか、これに抵抗感を示す生徒が多い。

 「速く」読むには、細かい箇所にはこだわらずに、大体の主旨をつかみながら読み進めたり、わからない箇所は推測をしたり、とりあえず飛ばして読んでみたりといった、読解の精度を下げざるを得ない作業も必要になる。こうした作業が、それまでに行なってきたリーディングの勉強法・・・どの文もきちんと訳す、そしてきちんと訳してから次の文に進むといった勉強・・・に反するため、何か気持ちが悪くて抵抗感があったり、そんないい加減なことをしてよいのかと、罪悪感さえ持ったりするらしいのだ。

 こうした感覚は自然なものだが、最近は実は真面目な生徒が増えているので、より抵抗感が強まっているのかもしれない。その真面目さゆえか、これまでのじっくり型の勉強で何とかならないかと、食い下がる生徒もいたりする。もちろんそうした勉強は必要だ。それは受験が近づいても変わらない。でも、ゆっくりの勉強だけでは、どんなに磨きをかけても、ゆっくりからは脱せられない。少しは速くなるかもしれないが、画期的な変化はない。やはり、根本的に主眼を置くところを変えることが必要だ。「速く」を意識しないのに、自然に「速く」読めるようにはならない。求めないものは手に入らないのだ。

 当然のことだが、通常大学入試で全てがわかるということはない。どんなに勉強をしても、わからない単語には出くわすし、どこかしら内容がつかめない箇所にも出くわすものだ。ましてや第一志望の入試は、余裕を持って解けるなどということはないはずで、あれこれ手を尽くしてギリギリ合格点に達する、という感じではないだろうか。だから、知識を身につけたことで満足してしまっては、勉強としては不十分で、持っている知識を最大限に生かして、しかも限られた時間で最高のパフォーマンスを発揮できるようにするという、知識の習得とは次元の違う勉強も必要だ。

 真面目に勉強するのは、全くもってよいことだが、その真面目さが徒とならないよう、必要ないい加減さも、真面目に取り入れよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年7月 | トップページ | 2014年9月 »