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2014年1月

2014年1月31日 (金)

やはり、センター試験を見習おう

 毎年1月のブログ記事は(13年12年11年)、センター試験のことを書いてきたが、ここ数年問題の質は大体一定で、多少の変化はあるものの、特筆すべき大きな変化はない。なので今年はもう、センター試験のことを書くのはやめようかと思ったが、年に一度の受験的には大きなイベントだし、やはり触れることにした。

 今年のセンター試験では、第3問Bで、パラグラフから取り除いた方がよい文を選ばせるという、新しい形式の問題が出た。が、特に難しいということはなく、全体的に見れば、難易度も分量も大体昨年並みと言える。

 ただ昨年も考察したのだが、形式には表れない微妙な変化がいくつか感じられた。そもそも全体的な印象を昨年との比較で言うと、昨年が、素早い情報処理力がないと、本文自体が読み進めにくいが、読めさえすれば設問は解きやすい、といったものだったのに対して、今年は、文章自体は去年より読みやすいが、設問の巧みさで点数が調整されているような気がする。

 例えば、第4問Aの問4では、英文の最終段落の内容ではなく、最終段落の後に来そうな内容を聞いていて、引っかかりやすいし、第4問Bの問1では、年齢制限がいつの時点のものかに気づかなければ、迷わしくなってしまうし、第6問Aの問4では、background noiseという、いかにものキーワードに目を奪われると、間違えやすい。

 以上のような問題は、引っかけ問題とは全然言えないが、なかなか上手くできていて、今年は英文が読みやすくなったのに、平均点が昨年と比べてほんの少し下がりそうなのは、こうした問題のせいではないかと、私は思っている。

 ということで、今年のセンター試験の英語の問題は、昨年の直球勝負に対して、若干変化球勝負という感じがするが、それでもやはりセンター試験はよい問題だろう。

 よい入試問題の定義は色々とあるが、突き詰めれば、英語の実力をきちんと判定できることだ。この点で、センター試験はまず分量が多く、そもそも地道な勉強で身につけた真の実力がないと、頭の回転がついてこず、全ての問題をやり通せない。問題が易しいとは言え、小手先のテクニックでは得点に限界があり、実力がきちんと測れる良問と言えるだろう。もっとも今は、他の入試でも長文化傾向が進み、分量の多さは、センター試験独特のものではなくなったが・・・

 些末な知識を問う問題がないのもよい。そもそも特定の知識を問う第2問Aなどを別として(それでも些末なものは問われないが)、読解問題では、特に難しい箇所の解釈を求めるとか、特定の難しい知識を要求するような問題ではなく、段落や文章全体の主旨を問う問題がほとんどだ。このことは、問題の意図の良質さもさることながら、ある1つの知識がないために致命傷を負うということがなく、その知識の不足を、他の知識の運用力でカバーできれば ――― 現実の場面でも、そうやってしのいでいる状況は多い ―――、必ずしも失点につながらない、つまり知識の有無のみで点が決まらないという面でも良質だ(もちろん知識は大事だが)。

 一方で、時代が進むにつれて、大学入試問題は総じて良質化してきたように思うが、それでもまだ私立大を中心に、些末な知識を聞いてきたり、問題の意図が不明瞭だったりと、これで英語の実力が問えるのだろうか、と思える問題が見られる ――― いずれ機会があれば、具体的に述べていきたいと思うが。

 入試というものは、本来選抜のためのものだ。なので受験者間で差がつかなければならない。でも、実力を反映しない問題によって差がつけられるのでは、公平ではない。入試の作問者はその点を大いに考えてもらいたい。

 それ以上に入試というものは、現実的に、日本の学生の勉強の方向性を決めると言ってよい。入試で些末なことを聞けば、学生に些末なことへの対策に時間をかけさせることになる。だから入試問題の質というものは非常に重要だ。私はセンター試験を絶対視しているわけではないが、やはり問題の質やバランスがよいので、各大学のレベルに応じて難易度は変えるにしても、問題を良質化するためには、センター試験の作りは、参考にすべきものではないだろうか。

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