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2013年11月29日 (金)

聞く・話すが大事と言っても・・・

 ウチに通っている、ある中高一貫校の中学生に、学校の授業内容を知りたいので、ノートを見せてくれるよう頼んだところ、ノートはないと言う。なかなか衝撃的な返答で、最初は、ノートもとらないほど授業を聞いていないのかと思ったりしたが、よく話を聞くと、そうではないらしい。どうやら学校の授業では板書というものがなく、また何らかのメモをとるようにという指導もされず、結局ノートを使う場面がなかったのだ。

 では一体学校の授業では何をしているのかというと、教科書の英文が読まれるのを聞いたり、後について読んだり、英語での質疑応答をしたりとのことで、授業時間はほぼ全て「聞く」「話す」という作業に終始しているようなのだ。和訳や、新出単語を覚えるようにとの指示や、文法の解説もないままに・・・ その結果当の生徒は、英語というものが、何が何だかわからなくなり、英語110番に来ることとなった。

 上のような例は極端にしても、最近は、実践的なコミュニケーション能力が重視されるようになったこともあって、学校の指導でも「聞く」「話す」に重点を置いた指導が増えている。これ自体はよいことだと思うのだが、これまでの「読む」「書く」が中心だった指導を改めようという反動からか、逆に「聞く」「話す」に偏りすぎではないか、と思える指導も見受けられる。

 ただ何よりも私が怖いと思うのは、「聞く」「話す」という領域にこだわるあまり、上の例のように、肝心の「知識の定着」がないがしろになってしまうということだ。大体「聞く」「話す」と言っても、知らない(頭の中に定着していない)ものは、聞き取れないのだし、話せもしない。一方「読む」「書く」の学習で学んだものも、しっかり身についているのであれば、それは聞き取れるはずだし、話すこともできるはずだ。

 要は、領域先にありきなのではなく、「知識の定着」が優先なのだ。そしてその前提の上に、「聞く」「話す」「読む」「書く」の4つの領域をバランスよく行なうよう注意しようということなのだ。ちなみに、現在の学習指導要領を見ても、決して「聞く」「話す」を重視するといった記述はない。4技能を総合的に育成するとなっているだけだ。

 英語の指導では、「読む」「書く」においても、多少わからないところがあっても、どんどん読み進めて全体の主旨をつかもうとか、多少の文法ミスは気にせず、内容的にまとまりのある英文を書いてみようというように、曖昧さを許容することがある。もちろんこうした指導を時に取り入れることは大事だが、「聞く」「話す」においては、どうもこの曖昧さの許容がより強まる傾向があるように思う。だから実際、とにかくたくさん聞いていればそのうち慣れるよとか、聞けるようになればそのうち話せるようになるよ、などと言われたりする。

 なので本来、「聞く」「話す」はもちろん英語の大事な領域なのだが、間違った方向で重視しすぎると、単に「読む」「書く」が疎かになるというよりもむしろ、「読む」「書く」を含めて、英語の勉強は曖昧でよいのだといった、間違った姿勢を植えつけてしまいかねない。小さい頃からネイティブのように英語を身につけたのならともかく、そうでないなら、そんな曖昧な勉強では、大学受験に対応できるレベルには高まっていかないと思う。単語や文法法則等、覚えるべきものはきちんと覚え、それらを適用して英文を理解する練習をし、そしてその英文も、どうにかわかるという状態から、しっくりくる状態になるまで何度も反復し、それから次のステップに進むといった、つかみどころのある、そして成長過程が実感できる勉強が必要だ。

 ちなみに上述の生徒には、現状を改善すべく、また学校の指導で抜けている部分を補うべく、まずはノートを用意し、教科書の英文とその和訳、新出単語とその意味を書いてもらい、文法の解説も行ない、ポイントはノートに書いてもらい、一通り理解した後は、定着を図るために、単語を何度も書いて練習してもらったり、英文を何度も読んでもらったりしたことは言うまでもない。

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