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2013年4月に作成された記事

2013年4月30日 (火)

生徒の真意が察知できてよかった

 私は自分の中に湧いた感情を、自分で不思議に思うことがよくある。あれ、何で自分はここで怒っているんだろうとか、へぇ、自分はこういう事に感動する人だったんだ、といったように。授業でも同様の感覚を持つことがあり、最近もこんなことがあった。

 私の授業では、単語集から範囲を決めて単語を暗記してもらい、毎回テストをすることが多い。最近入会したある高3生も、単語テストを始めた。かれこれ5回ほど行なったが、大体いつも9割くらい(100問出題して90点)の得点で、出来はよかった。だけど不思議なことに、毎回採点をし終わった時に、何かがよくないという、もやもやした気持ちがなぜか湧いてくるのだ。9割も得点しているのだから、別に悪いことなどないではないかとも思うのだが、それでももやもや感はかき消せないのだ。

 そもそも、もやもや感の最初のきっかけは、テストの採点をして△が多かったことかもしれない。細かい話だが、私は単語集の単語を暗記してもらう際に、意味を1つ覚えればよいものと、複数覚えるべきものをはっきり指定している。そしてテストで、複数の意味を覚えるよう指定したのに、1つしか書かれていなかったら△で、0.5点(○の半分)扱いとしている。

 この生徒は×こそ少ないものの△が多く、採点した答案を見ると、総点はよくても視覚的な印象として、よい出来という感じがしなかった。さらに、次からは複数の意味もしっかり覚えるようにと言った時の、生徒の心許ない返事や、その他総合的な雰囲気などが加わり、何かこれではいけないという違和感につながった気がする。

 それにこの生徒は、元々結構知識があり、実際単語集の最初の方には、それほど知らない単語はないとのことだった。なので、その気になって勉強すれば、テストは満点だろうと期待していた。その期待からすると、9割の得点でも、よくやったというよりも、あれ、こんなものかなという気持ちの方が大きかったのだ。

 こうした感覚は生徒にも伝え、色々と話を交わした。当初生徒は、ちゃんとやってるんだけどなあとか、暗記は苦手だからなどと言っていたが、突っ込んで話を聞いてみると、重大な事実が判明した。実はこの生徒は、しっかり単語を覚えようという意思がなかったのだ。とは言っても、不真面目とか怠惰ということではない。単語を覚えているうちに、生徒のこれまでの経験から、あるいは生徒なりの考えから、この単語の意味を複数覚える必要はないのではないかとか、そもそもこの単語は入試に出ないのではないか、という疑念が生じてきて、どこか本気で取り組めなかったと言うのだ。

 このことが分かってようやく、私は合点がいった。私のもやもや感は、生徒のこうした意識が、テストの答案や、発言や、雰囲気に漏れ出て、それを私が察知したために生じたのだろう。

 でもとにかく、このことが早く分かってよかった。そもそも単語テストというものは、あくまでも手段であって目的ではない。ただ一時高得点を取ればよいというものではなく、テストをきっかけに、単語が長期的にも忘れないよう確実に定着した、ということにならなければ意味がない。

 なのでもちろんこの生徒には、しっかり覚えようという意思を持たせるべく、意識の改革を図った。生徒の現時点の経験で、各単語の重要度は判断できないはずだとか、単語集にしても、教師の私にしても、無駄な単語を覚えさせようなどという意思はないはずだ、といったことを説きつつ。生徒は十分理解してくれたようだし、今後の大いなる変化を期待したい。

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