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2013年3月31日 (日)

独立の経緯

 2月の記事にも書いたように、先月で独立して満10年になるのだが、今さらながら、独立の経緯を述べてみたい。

 私が独立したのは2003年だが、独立を意識したのは、その1年ほど前に、某大手予備校をクビになった時だ(ズバリ暴露してしまうが)。とは言っても、大手予備校はシビアな世界だから、クビになるのはそう珍しいことではないし、自分としても、多くの人を引きつけるカリスマ性もないようだし、大手予備校という場所は、何となくしっくりこないなと思っていたので、まあここが潮時かというくらいの、意外と軽い受け止め方だった。

 一方で、勤めていた他の予備校や塾では、雑務やその他の束縛で、自由に教えられなくなったり、とにかく生徒数確保第一という、営業至上主義になってきたりと、教えることに徹しずらい環境になってきた。

 ちなみにその時点で、教える仕事をし始めて15年ほどが経っていた。その間、より理想的な環境を求めて、何回か転職もしたが、思い至ったのは、結局どこも大体事情は同じということ。もはや、自分が思うように教えるには、独立して一人でやるしかないか、という心境にだんだんなっていった。

 折しもその頃(2002年)、世の中的にネット環境が整ってきて、大半の人がインターネットを使うようになっていた。なので、個人でも情報を発信して、多くの人に届けるということがしやすくなり、こうした状況も、独立に拍車をかけたと思う。実際2002年初頭から、まだ公表はしないものの、独立に備えたホームページは作り始めていた。

 実質的な独立のスタートは、翌2003年の2月、その時に教えていた医歯薬系の予備校で、残念ながら進学先が決まらなかった、3名の生徒が来てくれたことから始まる。その頃私は、独立の意志がかなり強まっていたので、より環境が整うのを待つとか、時機を見計らうとかよりも、どういう状況であれ、とりあえず独立してしまおうという気持ちだったが、その生徒たちが来てくれなければ、英語110番はよいスタートを切れなかったので、本当に感謝・感謝だ。

 ちなみに、その医歯薬系の予備校は、上述の某大手予備校でも、自由に教えられなかったり、営業至上主義だったりというところでもなく、また3名の生徒は、翌年はその予備校に通うつもりはないということを確認した上で、英語110番への入会を誘ったことを申し添えておきたい。

 純粋に英語110番としての生徒が初めて入会したのは、5月になってからだ。どこの組織にも頼らず、自らの名前だけで初めて生徒に来てもらうことができたのは、それはそれは感動で、体験授業後に継続して授業を行うことが決まった時は、思わずガッツポーズが出たことをよく覚えている。

 独立に際して不安はなかったのかと言えば、もちろんあった。ただどちみちこの業界は、組織に属していても、授業が悪ければ辞めさせられてしまうので、元々独立のハードルは低かった。そして独立を決意する決め手となったのは、ちょっとキザな言い方になってしまうが、自分が失敗しているイメージが湧かなかったことだ。よく人間は、イメージできることは実現でき、イメージできないことは実現できない、と言われるので、じゃあ、失敗がイメージできないということは、実際失敗しないということなのかな、と結論づけたのだ。また大手予備校をクビになったとは言え、授業そのものに自負はあったし、自分の授業を必要とする人が日本に一人もいない、ということも考えにくかった。とまあ、何かシミュレーションでもして、成功の目途が立ったから独立したというのではなく、実はある種の勘のようなものを頼りに始めてしまった、という感じなのだ。

 「英語110番」という名前なのだが、これはまさに天からの授かりものだ!? 名は体を表すというように、名前は非常に大事なので、何日も何日も考え続け、色々なものを思いついたが、どれも何かが違うという感じだった。でも「英語110番」という名が天から降ってきた(まさにこう例えるのが適切)時は、ズバリ、あ、これだ、と感じたのだ。他の名と比較しようという気も起きないくらい、強いものを感じた。名前を考えるにあたっては、「英語で困っている方、お助けします」といった感じが表せればいいなと思っていたが、それがまさに形となって天から降ってきたのかもしれない。そして生徒を含め色々な人に意見を求めたところ、概ね好評だったので、名前は「英語110番」でいこうと決めた。

 とまあ、あまりドラマチックな苦労話とかがなく、読者の期待を裏切ってしまった面があるかもしれないが、私の独立の経緯は以上のようなものなのだ。

 独立をして、私は本来自由を手に入れたことになるが、実際のところ自由という感覚はない。基本的には忙しいし、ほぼいつも何かに追われているという感じだ。決して好きな時に休めるわけでもない。組織であれ一人であれ、仕事である以上、何らかの制約がかかるのは当然だろう。でも一人で運営していると、理不尽な制約や要求はないわけで、精神衛生上メリットが大きいと思う。

 一人で寂しくないかというと、実は寂しくない。独立して改めて思ったが、私は根本的に一人が好きなようで、独立後はむしろ、精神的に安定して日々を過ごせているかもしれない。もちろん人とのつき合いが全くないわけではなく、同業者(以前勤めていた塾、予備校(クビになった大手予備校を含む)の同僚など)との交流もある。

 私の独立は、単にわがままを通しているだけとも言えるが、自分に向いたポジションをとらせてもらっているとも言える。やはり人には向き不向きがあり、その人に応じた立場があると思う。私の場合は、世の中的に大きなインパクトを与えるというよりも、身近な目前の援助を求める人に最大限の援助を与える、ということが果たすべき役割なように思える。

 それに本来塾というものは、個々の教える側が、ポリシーなり教え方なりを提示し、それを求める者がその教えを受ける、という単純なもの。でも複雑化した現在、この単純なことを成すのが意外と難しい。だからむしろ一人で、塾の原点とも言えるこの単純さを貫きたいとも思っている。まあ皆が皆一人でやるのはどうかと思うが、こういう人がいてもよいのではないだろうか。

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