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2012年11月30日 (金)

勉強、やらせ過ぎ

 ウチには、中高一貫校の受験学年以外の高1生、高2生、もしくは中学生も来ているが、そうした生徒と接していてよく思うのは、学校のカリキュラムが随分厳しいなということ。厳しいというのは、進度が速すぎではないかと思えたり、課題の分量が多すぎではないかと思えたりということだ。

 個人的には、早い時期からそんなにやらなくても大丈夫だと思うし、逆に早い時期からそんなにやっていたら、いざ受験の時に疲弊してしまわないか、と心配になってしまったりする。何よりも心配なのは、早期からあまり厳しくすると、正しい勉強習慣を身につける機会を奪ってしまうのではないか、ということだ。本人にとって丁度いいレベルをあまりにも超えた分量が与えられると、こなすだけで精一杯となってしまい、一度やったことを反復して定着を図ったり、問題の意味や、背後にある法則を考えたり、といったことをしなくなる。

 このような、きちんとした習慣が確立していない状態で勉強を進めていっても、やった量に比して、身につく量は少ない。そして早くこの状態を脱しないと、図らずも効率の悪い勉強を、長期的に強いられることになってしまう。だから特に早期は、分量を減らしてでも、正しい勉強法を徹底的に身につけさせることの方が重要だと思っている。そして、そうしたところからスタートした方が、いきなり大量にやらせるより、長期的に見て有効な手段だと思うのだ。

 もちろん各学校は、生徒の学習効果(ひいては進学実績)の向上を狙って、そのようなカリキュラムにしていると思うので、非難するつもりは全くないし、そもそも私がとやかく言う問題でもない。ただ、学校全体として最適なものが、ある生徒個人にとっては最適でない場合もある。つまり、ある生徒にとっては、学校が提示する進度や分量が、必ずしも適切でない場合もあり得る。早期から飛ばすカリキュラムに乗れなくても、後でつじつまが合わせられる生徒もいる。なので、学校のカリキュラムと合わなくても、必ずしも自信を失う必要はないし、上述のように、早期はもっとじっくり勉強していた方が、長期的に見てよいかもしれない。

 現実問題、学校の成績は無視できないから、どこかで折り合いはつけつつも、単に課題をこなしたかとか、一時のテストの点数だけではなく、本当の意味で定着したものの量や、将来的にずっと影響する勉強習慣は確立したか、といったことを評価基準として、勉強を進めていくべきだ。もちろん、学校のカリキュラムには基本的についていこうとすべきだし、進度の早さや分量の多さを、勉強をサボる言い訳にしてはいけないが・・・

 現代は評価社会だ。色々なものが数値で評価される。学校も例外ではないようで、今まで以上に進学実績が注目される。このため、穿った見方かもしれないが、得てして私立の進学校は、カリキュラムや授業内容を、人数の多い成績中間層に合わせるよりも、少数であっても成績上位層に合わせて、より上位の実績を増やそうとしている気がする。ということは、学校のカリキュラムが合わない生徒の数が、今までより増えることになる。つまりは、何らかの自衛策を考えなければならない生徒が増えるかもしれない。

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