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2012年4月に作成された記事

2012年4月30日 (月)

辞書は引くべき or 引くべきでない?

 4月になり、各予備校の新年度が始まったが、今年もまた例のコトが起こっているようだ。それは各先生によって、勉強法に関する指示がばらばらだということ。もちろん各先生とも、信念を持って、生徒の学力を上げるのに一番よい、と思えることを指示していると思うのだが、正反対の指示がなされる場合もあり、しばしば生徒の混乱を招いているようだ。

 正反対の指示とは例えば、辞書を引くべきだ VS 引くべきでない、単語集を使うべきだ VS 使うべきでない、英文はきちんと構造を分析して読むべきだ VS 細かいことにこだわらず大雑把な意味をつかめばよい、などだ。

 ちなみに、私の場合は1対1の個人指導なので、その生徒の状況によって指示は変わるが(ただし生徒が迷わないように、指示は明確に出す)、上の例で言うと、それぞれ前者の指示を出すことが多い。それは単純に言って、意味が分からない単語に出くわしたら、辞書で調べるべきだと思うし、単語集は、受験に必要な単語と意味が上手くまとまっていて、使う価値があると思うし、速解できない難しい英文の意味を取ろうとする場合、やはり何らかの構造分析をしないと、理解できないと思うからだ。

 ただし状況によっては、逆の考えもあり得るだろう。入試ではどうしても分からない単語には出くわしてしまうので、文脈などから単語の意味を推測する力をつけなければならない。そのためには、すぐには辞書を引かない方がよいことになる(でも後で引くべきだと思うが)。また本来単語は、意味的につながりのある文章の中で覚えるのが本筋なので、その意味では単語集を使うべきでないということになる。さらに、英文も構造分析にこだわりすぎると、速読力が身につかない、長い文章を読み通す力がつかない、ということになってしまうかもしれない。

 結局どうすべきかは、状況次第と言えるのだ。つまり、生徒のレベルや、勉強の段階(基礎力養成期か、実戦力養成期かなど)によって変わるのだ。だから各予備校の先生方も、こうした前提条件をきちんと話した上で、指示をすべきではないだろうか。

 もっとも、本来こうした指示は統一されるべきなのだろう。予備校というところは、各教師の指導の自由が認められるべきだと思うが、少なくとも、色々な授業がセットになっている、いわゆる本科コースの各授業では、根本的なレベルの指示は、ある程度統一性を持たせるべきではないだろうか。私も予備校で授業をしていたことがあるので、こうした統一が簡単でないことはわかるのだが、いざ予備校を離れて、生徒が迷っている状況を目の当たりにすると、このまま放置してよい問題とも思えない。

 生徒側も判断能力が要求されるのかもしれない(本来は酷なことだが)。先生のその指示は、どのレベル、勉強のどの段階を念頭に置いていると思われるか、そしてその指示は all or nothing のものなのか、場合によってはそうする、どちらかと言えばそうする、ではダメなのか、といったことを考えられるようにしたい。メディア・リテラシー(メディアからの情報を正しく読み解いて、活用できる能力)という言葉があるが、これは予備校で授業を受ける場合にも必要な能力かもしれない。

 そして、自分の中から湧いてくる素朴な感覚も、もっと大事にしよう。昨年10月の記事で、信頼している先生に、単語を覚えなくてよいという主旨のことを言われて(言われたと思えて)、その通りにしたが、結局何かおかしいと感じるようになり、単語を覚え出したという例を書いた。人間には不合理を察知する本能があるようで、おかしいものはおかしいと、いつかは気づくと思うのだが、もっと早く気づけばよかった、とならないよう、他者の意見だけでなく、自分の感覚にもしっかり耳を澄まそう。

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