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2011年7月に作成された記事

2011年7月25日 (月)

「本気」で勉強すると・・・

 現在教えているある高3生が、春に受けた模試(某大手予備校の全国模試)の英語で、75という偏差値をとった。その前(高2の冬)の模試では偏差値55だったので、何と一気に20も上がるという快挙だったのだ。
 この生徒は高2の初めから、ウチに通っていて、当時も何回か模試を受けたが、英語の偏差値はほぼ55で推移し、大きな変動はなかった。ではなぜ今回、このような上昇を見せたのか? 高3の春に何があったのか? 振返ってみると、確かにその時期、大きな変化があった。それは、単語の暗記を本気でやり出したということ。え、そんなこと?と拍子抜けする人もいるかもしれないが、これこそが、私が常々力説している、英語力を上げるための最重要項目だ。

 ちなみに「本気」というのがポイントなのだが、それは言ってみれば、「一応課題はこなしてます」ではなく、「できるまでやります」という姿勢で勉強に臨むこと。
 そもそもウチでは、大体の生徒が毎授業時に、範囲と個数(50個くらいが標準)を決めて単語テストを行う。そして大体の生徒が高得点を取る。ではそれで即単語力がつくのかというと、大体の場合そうはならない。毎回のテストでは、覚えたように思えても、単語集を1冊やり終わった時、つまり1500個とか2000個の単語をやり終わった時に、どのくらい覚えているかをチェックしてみると、いいところ3割くらいという例が多いし、そもそも、前回の授業時に扱った単語を抜き打ちでチェックしてみると、既にほとんど忘れているということも珍しくない。
 この偏差値75をとった生徒も、全く同じパターンだった。なので、毎回の単語テストのよい出来をほめつつも、何気なく以前扱った単語もチェックし、実は忘れていることを自覚させて、頻繁に復習をするように仕向け、ひいては、「本気」で単語を覚える精神状態を作ることを目指した。この精神状態になった時が、大きく英語力が上昇する時で、この時が早く訪れるほどよいわけだが、この生徒にとっては、まさに高3の春がその時だった。ウチに通い始めて約1年後のことで、変化が起きるのが遅いように思えるかもしれないが、まだ受験が目前に迫っていない時期だったことを考えると、実は標準的とも言える。

 いずれにしても、偏差値が大きく上昇したことも喜ばしいが、それ以上に、この生徒が「本気」になってくれたことが嬉しい。もちろん、単語だけをやればよいわけではないし、偏差値が75にまでなったのは、この生徒の持ち前の国語力の良さも、影響していると思うが、何事も「本気」でやれば、言いかえれば、徹底した脳の使い方をすれば、脳の奥底に眠っていた記憶まで呼び覚まされ、大きな成果が出るのだと私は確信している。実際この生徒は、単語を「本気」でやるようになってから、明らかに、文法の定着度もよくなったし、読解力もよくなった。
 偏差値は上がったものの、力が安定しているとは言えず、まだまだやるべき事はあるが、一番大きな山は越えたので、安心感がある。自信を持って、でも油断せず、今後も頑張ってもらいたい。

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2011年7月 6日 (水)

これまでに出会ったすごい先生

 前回の記事に続いて、今度はすごい先生の話。
 以前私が勤めていたある予備校の数学の先生なのだが、その先生は、大学に入るまで、数学で解けない問題に出くわしたことがないと言う。
 中学の時に、すでに高校数学をマスターしてしまい、まだネットのない時代、書店に行って、店主にもっと難しい問題はないかと尋ねると、ある本を薦められたが、その本に載っている問題も、苦労なく解けてしまったとのこと。
 ちなみに、薦められた本とは「月刊 大学への数学」という参考書兼問題集。これは50年以上も前から出版されている、結構有名な本で(私も学生の頃からその本の存在は知っていた。私には無縁の本だったが・・・)、並の難問には飽き足らない人が、最高難度の問題と格闘するためのものだ。実際この本は、東大・京大等の最難関大学を目指す高校生だけでなく、大学生や大学院生、そして教師にも愛読されているらしい。
 そうした本の問題を、中学生が苦労なく解いたのは衝撃だが、当の本人は、もう取り組むべき難問はなくなってしまったのかと、その後悶々として過ごしていたとのこと。(そんな悶々があったとは)

 大学は当然のように、数学科へと進んだが、そんな先生も、大学ではようやく念願の(?)解けない問題に出くわしたと言う。初めての解けないという体験に、「やったー、解けねー」と、本当に嬉しく思ったそうだ。んー、凡人の私には全く考えられない世界!
 ちなみに、この先生は大学時代に、麻雀で勝つ方程式を生み出し(ツモをxとおくと言っていたような)、実生活でも大いに役立てていたらしい。

 自身がここまで出来てしまうと、得てして授業はわかりづらいということがあるが、この先生の授業は、面白い、わかりやすいと、評判だった。先生の頭の中にある凄い世界が、存分に生徒に伝わったのだろう。
 このような凄い能力には、憧れの念を持つが、問題を解けることが残念で、解けないことが嬉しいなどという話を聞くと、英語の、そう大したことのない問題でも、悩めてしまう私は幸せなのかもしれない・・・と思うことにしよう。

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