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2011年5月 9日 (月)

震災とマスコミ

 この震災で色々なことを考えさせられたが、いつもより多くテレビを見ていたこともあって、マスコミのひどさが改めて気になった。
 もちろんマスコミの報道をきっかけに、支援が行き渡るようになったりと、役立つ報道があることは重々承知しているのだが、一部マスコミ関係者の態度や発言で気になることがあったし、特に現場の記者(カメラマンも?)の傍若無人ぶりは、目に余るものがあった。
 極めつきは、東京電力の計画停電を知らせる会見での「(停電で)死ねってのかよおい」発言だが、それ以外にも、なぜそこまで心ないことが言えるんだ、なぜそこまで無礼なんだ、という発言は多かった。
 確かに会見で発表する側も、おかしな事を言っているなと思える時はあったが、だからと言って、マスコミが暴言を浴びせていいことになはらない。テレビで震災関連の会見を何度も見ているうちに、もはや、多少おかしな事を言っていても、発表者側に同情するようになってしまったくらいだ。

 この震災に限らず、何か事件や事故があると、記者達が当事者を取り囲み、正義の味方よろしく、「被害者に謝罪しないんですか?」などと詰め寄る場面をよく目にする。確かに「そうだ」とは思うのだが、あの攻撃性が前面に出たトーンで言われると、共感したくなくなってしまう。
 以前から、記者の人達に対してよく思うのは、あなた達に裁きまで託した覚えはないということ。本来マスコミの人達は、伝えることが仕事のはず。被害者に謝罪しない人がいたとしても、そういう人がいるという事実を伝えるだけでよいのではないか。あるいは、どうしても言いたい事があるのなら、画面にきちんと映った上で言うべきだ。暴言を浴びる側は画面に映るのに、暴言を吐く側が映らないのはアンフェアだ。

 以前ある著名人が、マスコミは、国民の精神レベルと離れた所には存在できない、と言っていた。もっともな話だと思う。ということは、マスコミ(記者)の体たらく、イコール、国民の体たらく、となるのだが、この震災を機に、国民の方が一歩先に進んだのではないかと思える。さらに言えば、一歩先に進んだ国民が、マスコミを修正したような感じさえする。当初民放が、震災を興味本位で伝えていると批判されたりしたが(私もそう思った)、時が経つにつれ、そうした報道が消えてきたのは、その実例ではないだろうか。
 この震災をきっかけに、社会の色々な事が変わるだろうと言われている。マスコミも変わってくれればなと、切に願う。

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