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2011年3月18日 (金)

私にとっての地震の日

 3/11(金)の東北での地震、とりわけ、津波の想像を絶するほどの凄まじい威力に、衝撃を受けていたが、加えて、福島の原発の問題も深刻になってきている。避難所の状況も本当に厳しそうで、被災された皆様には、本当に心からお見舞い申し上げます。

 次々と起こる、あるいは明らかになる出来事に、テレビに釘付けで、何とも落ち着かない感じで、この1週間を過ごしたが(大事をとり、授業も中止している)、ようやくこのブログも更新する気持ちが生まれた(本来は先週更新するつもりだったのだが)。
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 地震当日私は、ウチ(自宅マンションの教室)で授業中だった。揺れは激しく(私個人で経験した中では一番大きかったと思う)、しかも揺れの時間も長く、生徒は机の下に入った。私は滑り出してきた家具を押さえたりしていた。千代田区の震度は5強とのこと。
 マンションは比較的新しく、耐震基準も当然満たしているので、建物が倒壊するといった不安は持たなかったが(ちなみに、千代田区全域で建物は安心と言われている)、結構怖かった。
 地震が収まり、部屋を見渡すと、中の物は散らばらなかったものの、家具や本棚の位置がみんなずれていて、やはり大きな地震だったのだなと感じた。生徒も、私も、怪我はなかったが。
 外を見ても、落下物などは見られず、特に被害はない模様。私のように、建物から外をのぞく人が多く見えたり、道端に集まって話をしている人たちが少々見える程度。
 しばらくして、生徒の母親からも電話が来て、生徒の無事を伝える。

 これは、いよいよ関東直下型の大地震が来たか?とテレビをつけると、意外なことに震源地は東北とのこと。ならば、東北はさぞ大きな揺れだったのだろうなあと思っていると、テレビ画面には、大津波警報の知らせ。しかも10m以上! これは大変なことになるなと思い(といっても、この時点では、ここまでの被害になるとは想像だにしなかった)、しばらく生徒と一緒にテレビを見ていると、えーっ!、何だこれは?、どこまでいくの?、これホントなの?・・・ あまりの衝撃的な映像に、これが現実とはにわかには信じられない。いっしょにテレビを見ていた生徒も、衝撃を受けている様子。
 約1年前にやはり東北で、チリ地震による津波があったが、漠然とそれよりはかなり大きいんだろうなあ、と思いながら見ていたのだが、とんでもない。まさかスマトラ沖地震の津波と同等、いや、それを超える規模とは!

 起こった事の凄まじさに圧倒され、しばらく茫然としてテレビを見ていると、夕方に、地震で止まってしまった首都圏の電車は、本日中の運転再開はないとのニュースが。
 とすると、埼玉から来た(学校が東京で、帰りにウチに寄った)生徒は帰れないことになる。まあ、事情が事情だから仕方ないので(生徒も納得している)、次に考えることは、明日までどう過ごすか。 何と言っても、まずは食糧の確保。ここ千代田区は、帰宅難民が大量に出ると言われている場所で、電車運行停止のニュースを聞き、多くの人が食糧を求めるはず。なので大急ぎで、近くのスーパーに向かう。案の定、スーパーは多くの人でごったがえし、品物もほとんどなく、ギリギリ最後に残った惣菜、最後に残ったパンが買えた。
 そんな中でも、特にもめ事もなく、皆整然とレジに並び、街を見渡しても、皆秩序立った行動をしている。これほどの災害の中、秩序立った行動をとる日本人に驚く外国人の声が報じられているが、本当にそれは肌で感じた。

 そしてマンションの部屋に戻るが、当然のことながら、エレベーターは止まっている。でも私は、普段からエレベーターは使わず、階段で昇り降りをしているので(趣味の登山のための、せめてものトレーニング)、ある意味普段通り。生徒も運動部で、日頃の練習を考えれば大したことはないとのこと。

 その後食事をとったが、電気、水道、ガスさえも止まらず、不自由はない。何とも有難いことだ。念のため、水は汲み置きしておいたが。
 食後は総じて、まったり過ごしたが、やはり地震の状況が気になるので、主にテレビを見ていた。夜は長いので、授業の続きも行った。また、生徒も私も、知り合いと連絡を取ったりしたが、電話もメールも非常に通じにくかった。知り合いでは誰もけが等はなかったが、生徒の友達は、学校から帰る途中で足止めを食ったり(当日中に無事帰宅できたそうだが)、学校で一晩を過ごすことになった人もいたとのこと。

 そして就寝。簡易的なものだが、寝具もあり、部屋も別なので、生徒もそれなりには休めたのではないかと思う。実際、部活の疲れもあったようで、朝までぐっすり眠れたとのこと。

 翌朝になると、電車の運行も徐々に再開し、生徒の家に向かう路線も開通していたので、前日買っていた朝食をとった後、早々に(別に慌ててではないが)帰途につく。再開したてで、運行が不安定な路線も見られたが、幸い、通常通りの時間で帰れたとの連絡を受ける。英語110番を始め8年強。生徒がウチに泊まることになったのは初めてだが、ともかく、生徒が無事帰宅でき、ほっと一息。生徒が落ち着いて過ごしてくれた事にも感謝。

 もちろん被災地の方々の苦労とは、比べるべくもないのだが、自分の責務は果たせたかなと思える、私にとっての地震の日だったのだ。
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 被災地の惨状を毎日目にし、こんな私でも、何かせずにはいられない気持ちに駆られるが、出来ることは限られる。でも様々な状況を考えると、むしろ静かにしているのが、一番いいような気がする。節電をして余計な電力を使わない、買占めをせず流通に負担をかけない、被災した方が必要とするサイトには無用にアクセスせず、サーバーに負担をかけないなど、私は私らしく、仕事同様(?)ひっそりと貢献したい。せめて募金はしたいと思っているが、その募金が一気に集まりすぎて、銀行のシステム障害が起きているという話しも聞く。募金もちょっと待ってから行おうと思う。

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