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2011年2月12日 (土)

入試英語長文から学ぶ幸福論 その1

 05年筑波大入試の英語長文問題に、選択肢が増えると幸福感は減る、といったことが書かれていた。物が色々選べる、つまり選択肢が多い豊かな社会では、多くの選択肢と比較検討できてしまうがゆえに、自分は最善の選択をしたのか、という疑問が常につきまとい、気が滅入ってしまう、というものだった。
 これはまさに当時の(今もだが)私の状況を物語っていて、ネットショッピングなどをしていても、もっとよい物はないかと何度も検索し、これと決めても、今度は本当にここで買うのが一番安いのかを、何度も確かめ、へとへとになってしまうのは、自分だけではなかったんだと、この入試長文を、とても嬉しい気持ちで読んだのを覚えている。
 ちなみに、全く同じ長文が、05年の早稲田大・理工でも出されたが(両校を受けた受験生は、驚いたのではないだろうか)、国立大の、記述問題が主だが素直な出題と、私立大の、選択問題が主だがひねった出題とを、見比べるのにもうってつけだ。

 一方、04年早稲田大・政経の問題では、お金があっても、人は幸せになるとは限らない、といったことが書かれていた。経済的に豊かになって、物質的な生活水準が上昇しても、すぐにその状況に慣れてしまい、特にありがたみを感じることがなくなる、というものだった。
 これまた、当時の(いや結構前からの)私の思いが代弁されている感じで、大いに共感しながら、その長文を読んだ記憶がある。
 同時に、この頃から、大学入試の英語長文に、幸福論、特に豊かな社会における幸福論、といった内容が、出されるようになった気がする。
 入試英語長文の内容は、その時の社会の状況を反映しているものも多い。幸福論の登場も、社会に、お金や物だけでは解決できない問題が増えてきた、ということの表れではないだろうか。
 社会の状況を知るという観点で長文を読むのも、おもしろいことだと思うし、もちろん受験生にとっては、そうした内容をあらかじめ頭に入れておくことは、入試に向けた有効な英語の勉強となるだろう。

 ところで、なぜ今になって、このような昔の入試を話題にしたのか。それは、最近また、幸福論と言える内容の入試を目にし、以前考えたことが蘇ったから。最近目にした入試に関する話しは、また後日。

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